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本当にあったタクシーでの話

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  • 2018年12月1日
  • 読了時間: 5分

最近仕事が忙しくて、連日タクシー帰りが続いた。

深夜の2時ごろに会社を出てタクシーに乗りまた朝から出社する、そんな毎日の繰り返しだった。

だからタクシーの中でも行き先を告げたあとは、すぐに人間力をオフにしてJohn Mayerを聴いていた。


ある木曜日、この日も深夜2時に会社を出て、タクシーに乗った。

少し車体が大きい、白い個人タクシーだった。


「三軒茶屋で。上から行っちゃってください。」


高速に乗ることを「上から行く」という表現で伝えてしまうくらい、タクシー帰りがルーティーンになっていた。


「はい、分かりましたー。」


50歳くらいの運転手は僕にそう言って、ゆっくりと車を動かし始めた。


「今日はノラ・ジョーンズでも聴こうかな。」


そう思いワイヤレスイヤホンを耳にかけ、電源を入れた。


「The battery is low. Please charge now.」


無機質な女性の声がイヤホンから流れてきた。やっちまった、昨晩充電するのを忘れてしまった。僕はXVIDEOで観たい動画が観れないような虚しい感覚に陥った。


それから意味もなくInstagramやTwitterをみて、眠気を待った。

ふと外を見ると、超高層ビルが綺麗にライトアップされていた。


「綺麗ですねえ。」


運転手のおっさんが言った。


「そうですねえ」


僕は運転手に聞こえるか聞こえないかのような声で言った。


「夜遅くまで、お仕事お疲れ様です。」

「ありがとうございます。」


働いているのはおっさんの方だと言うのに、労いの言葉をかけてくれた。

仕事で毎日が埋め尽くされていた自分は、少しだけ癒された。


「お兄さん若いね、いくつ?」

「24です。」

「へ〜私が24の時なんて、もう何十年も前だよ。」


おっさんは霞ヶ関から高速に入った。


「息子と娘がいてね、もう35と30だから家族もいてね。今度、孫が生まれるんだよ。」

「へ〜おめでとうございます。」


死ぬほど疲れていて電源オフにしたいのに、おっさんの声が若干イーサン・ホークに似てるから、もう少し話すことにした。


「お兄さんは、兄弟とかいるの?」

「僕、実は双子なんですよ、男女の。」

「それはめでたいね!」


イーサン・ホークのテンションが上がった。


「でも、親は大変だったなと今更ながら思うんですよ。」

「なんで?」

「だって、子は授かり物って言うじゃないですか。

一人でもできたら十分なのに、同時に2人できるって、なんでも2倍じゃないですか。」

「そうだね。」


超高層ビルを横目に、おっさんが高速を緩やかに飛ばす。


「まあうちの親は親バカなんで、その分2倍幸せだったって言ってくれるんですけどね。」

「それは違うな」


おっさんは優しく笑いながら言った。


「君と妹さんが生まれたことで、お父さんとお母さんを幸せにしたかもしれない。」

「でも、そのお父さんとお母さんを育てたおじいちゃんとおばあちゃんも幸せにしたんだよ。」

「さらにはね、お母さんはご兄弟いるかい?」

「4人兄弟です。」

「そしたらその兄弟も幸せにしたんだ。」

「お兄さんが生まれたことで、そんなにたくさんの人を幸せにしたんだよ。」


おっさんはとても優しい笑顔のままで言った。

隣の黒いオリンピックタクシーが、僕らを追い越していく。


「君はまだ24だ。これから素敵な人と出会って家族になっていくかもしれないんだ。

それは君が今まで体験したどんなことよりすごいことなんだよ。

だって、君が生まれた時に人に与えていた幸せを、今度は君が感じることができるんだ。」


おっさんはウインカーを出し、ゆっくりと車線変更した。


ずっと、仕事に追われていた。

結構追い詰められていたので、おっさんの言ってることが最初は他人事のように聞こえていた。

でもそれが、僕自身のことだと気づくと、じんわりと胸が熱くなった。着ていたヒートテックがいらなくなった。


「君は何をしたっていいんだ。深夜2時まで残業したっていいんだ。急に旅に出てみてもいいんだ。家でダラダラしていてもいいんだ。

人生なんて、死ぬまでの茶番なんだからね。」


おっさんはそう言うと、ガハハッと笑った。

遠くにビッグエコーが見えてきた。

僕の家も近い。

おっさんが高速を降りた。


僕は、泣かないように我慢していた。

疲れていた。

でも、それ以上に、毎日の深夜残業も土日出勤も、それでも朝まで友達と飲むのも、

全て僕の自由だった。

そして、人生はまだ長そうだ。

景気が悪くなろうとも、大気汚染が進もうとも、ロックが売れなくとも、

おっさんのおかげで、なんか未来に希望がもてた。


タクシーは高速を降りて、僕の家へ向かった。

平日の深夜、三軒茶屋には同い年くらいのお洒落な集団が集っていた。


「ありがとうございます。」

「何が?」


おっさんは少しだけこちらをみた。


「なんか、元気が出てきました。」

「なーに言ってんだ兄ちゃん」


おっさんは、そう言って笑った。

僕の家が見えてきた。


「なんか本当最近、仕事に追われていて、運転手さんの言葉に元気付けられちゃいました。」

「そんなあ、照れるなあ」

「本当です!タクシーの運転手さんと話すの苦手なんですけど、運転手さんとはお話して良かったです!」

「私も君みたいな何かに頑張っている若者を乗せれて良かったよ。」


僕の家の前でタクシーが止まる。


「本当にありがとうございます!」

「おう、頑張れよ兄ちゃん。また乗ってくれよな。」


そう言って、おっさんがメーターを見た。

メーターには、大きく「0」という数字が光っていた。


おっさんの動きが止まった。

優しい笑顔から一点、真顔でメーターをしばらく見つめると、

決死の笑顔で、こちらを振り返った。


「じゃあ10,000円で。」


ぶち殺してやろうか。


冗談なら100万とかにしてくれ。

なんだこのリアルな金額設定。


僕は黙って5,000円だけ置いてきた。

だいたいいつも5,000円程度なので。

おっさんは顔を真っ赤にしながら5,000円を握りしめると、白いタクシーとともに暗闇へ消えていった。


僕は、何に感動していたのだろうか。



それから、僕はあのおっさんも白いタクシーも見ていない。

てか、次の日気づいたのだが、おっさんがメーターを押し忘れていたため、領収書がもらえなかった。

そのため、経費精算ができない。


返してくれ、僕の5,000円。



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